書脳-honno-

日々頭の中に浮かんでくる物語をどこかに解放してあげたくて始めたブログ。下手くそですが世露師九(よろしく)。

【読み切り小説】「夢物語」

「じゃあね佳菜。先行ってるね。」


玄関で男の声が聞こえ、扉がバタンと締まった。





その声が聞こえたと同時に佳菜はベッドで目が覚めた。


ふと枕元に置いてある目覚まし時計に目をやる。


(7時か。まだ早いけどもう起きようかな。)


佳菜はベッドから降りて洗面所に向かった。


洗面所で顔を洗い、タオルを顔に押し当て軽く息を吐いたあと佳菜はリビングに向かった。


リビングには誰もいない。佳菜一人だけ。


テーブルには「起こしてもなかなか目が覚めなかったからもう仕事行ってくるね。賢人」と書かれた紙が置いてあった。


(そっか。賢人はもう仕事に行っちゃったんだ……。)


佳菜はその紙を見て状況を理解した。




佳菜と賢人は二年前、カフェのアルバイトで知り合った。


最初は単なるバイト仲間同士として話していた二人だが、次第に意気投合し、恋人関係に発展した。


一年前から二人はカフェのバイトを辞め、マンションの1LDKの部屋を借りて同棲している。


賢人は運送会社に勤務していて、早朝から仕事に出かけている。


佳菜は洗濯したり、掃除したり、料理を作ったりと一日のほとんどを家事に費やしている。


けれど佳菜は苦には感じなかった。元々、佳菜は家庭的なことをするのが好きだった。

身の回りをキレイにしたり、料理を作ったりするのが好きだった。


それに賢人は夕方頃には必ず帰ってくる。それが佳菜にとっては嬉しかった。




佳菜は改めて今自分が幸せだと実感した。数日後には結婚式を控えている。カレンダーには日にちに赤丸が付けてあり「人生最高の日!!」と赤字で書かれている。

その文字を書いている佳菜の様子を見て賢人は苦笑していた。


(私はこれからもっと幸せになれるんだ。結婚して子供を産んで、いつか一戸建ての家に住んで、子供を進学校に入れて、子供が独り立ちしたら賢人と穏やかな老後を……。)


そこまで想像したところで佳菜は我に返った。

(いくらなんでも結婚したあとのことまで考えるなんて気が早すぎる。そのときはそのときで考えればいいのに……。)


佳菜はそんな自分が恥ずかしくなり、軽く自分の頭を小突いた。


……しかし、何故だろう。この幸せが長く続きそうな感じがしないのは。


一瞬そんな不安がよぎったが佳菜はそんな考えを振り払うかのように首を振った。


「……さてと。」


朝食を冷蔵庫に入れてあった食事(恐らく前日の夕飯の残り物)で済ませ、佳菜はまず皿洗いにとりかかった。


賢人は朝食を食べていかなかったようだ。そう言えば賢人は前日、腹の調子が悪いと言っていた。


「何か悪いものでも食べたのかな?ハハハ……。」


賢人はいつもの明るい調子じゃなくて、何故か低くくぐもった声で言っていた。


それから賢人はトイレに篭った。心配して佳菜はトイレに駆け寄り声を掛けようとした。


そのとき、賢人の苦しそうな声が聞こえた。嘔吐もしているように思われた。だが佳菜を声をかけず、しばらく賢人の苦しそうな声を聞いていた。


結局、賢人は食事には手を付けず、ずっとトイレに篭っていた。


(そのあと私はどうしたんだろう?)


佳菜は何故か夕べのことが思い出せなかった。

その後の賢人の様子も。気づいたら佳菜はベッドで朝を迎えていて、賢人はいつの間にか出勤していたという感じだ。


皿洗いをしながらそんなことを考えていた佳菜の右手に突然痛みがはしった。


「痛っ!」


思わず声を上げた。手を見ると皿が割れて手でも切ったのだろうか。血が出ていた。


慌てて皿洗いをやめて佳菜はキッチンの3段ある引き出しの2段目から救急箱を取り出した。


血をティッシュで拭き取り、傷の状態を見ようとしたところ佳菜はおかしいことに気づいた。


血は出ていなかった。傷らしきものもなかった。なのに血が手に付いていたのだ。


洗い途中の食器を見ても皿は1枚も割れていなかった。


(一体、何なの?さっきから感じるこの違和感は。)


昨日の記憶がはっきりしてないこと言い、右手に付いた血と言い、あきらかに違和感があった。


しかしこの違和感を何故か理解してはならない気がした。理解した瞬間に全てが崩れそうな予感するのだ。


佳菜が思いを巡らしていると、拭き取ったはずの血がいつの間にかまた付いていた。



これはあきらかに自分の血じゃない。他人の血だ。




ふいにそんな確信が生まれたとき、佳菜は全てを理解した。決して気づいてはいけない事実を。


その瞬間、周りの景色が変化した。小さな亀裂が入りそれが次第に大きくなっていく。


「パリィーン!」


ガラスが砕けるように景色が粉々に四散した。それと同時に佳菜の足元も崩れ、佳菜は底なしの闇に落ちていった……。




気付くと佳菜は固く冷たいベッドに横たわっていた。


起き上がろうとしたが、抑制帯のようなもので体がベッドにしっかり固定されていた。


部屋を見回すと拷問道具のようなものが壁一面にぎっしりと掛けてあった。


部屋中には異臭が立ちこめており、佳菜は思わず気を失いそうになった。


(そうだ!賢人は!?確かここに一緒に連れてこられたはず……。)


ふと横を見ると佳菜と同じようにベッドに縛りつけられている人間がいた。だが、それは人間の原型を留めていなかった。


全身の皮が剥ぎ取られ、皮膚の下の肉が剥き出しになっていた。目玉はえぐり取られていて、腹の部分は何かを取り出したのかのように肋骨が剥き出しになっていて肉の部分は無くなっていた。


異臭の正体はかつて人間だったこの肉塊だったのだ。佳菜は恐怖のあまり叫んだ。


「助けて!賢人~~~!!」


すると佳菜の耳元でどこかで聞いたような低くくぐもった声が聞こえた。その声を聞いた瞬間、佳菜は発狂した。





「馬鹿め。その右手に付いているのは誰の血だ?お前も見ただろ?賢人は死んだぞ。」