「もう一度、尋ねるぞ。お前の色は白か黒か?」
暗闇の中でなんとも言えない不気味な男が、ソファーに腰掛けている男に声をかけている。
その男はつけっぱなしになっているテレビの光で黒いスーツらしきものを着ているのは認識できたが、顔までは暗闇のせいで認識できなかった。
ソファーに座っている男はあまりの恐怖でくちびるをわなわなと震わせるだけで、喋ろうとはしなかった。
そんな男に不気味な男はたたみかけるように言う。
「何も答えなければ、二度と静かな夜は訪れないぞ。」
(‐数時間前‐)
とある中心企業の会社員・細見詰夫は今日も残業に追われていた。他の会社員が次々と帰っていくなかで詰夫は仕事を黙々と続けていた。
黙々と続けているにも関わらず、仕事はなかなか終わらず詰夫は他の人間の仕事も自分に回されているのではないかと目の前の仕事を片付けながらそんなことを考えていた。
「お先に失礼します!」
一人の若い女性会社員が詰夫に声をかける。
「おう、お疲れ~。」
詰夫は振り返らずに返事を返した。女性会社員は詰夫の背中を見つめながら少しむくれたように頬を膨らましていたが、すぐに詰夫に背中を向けて会社をあとにした。
詰夫がやっと仕事が終わったと思ったときには夜の12時近くになっていた。
会社をあとにし、彼は5階建てのマンションの自室に着いた。
玄関で靴を脱ぎ、脱いだ靴をきちんと揃えて、手洗いを済ませると詰夫はリビングのソファーに腰を下ろした。
(はぁー・・・・・・、今日も残業とは・・・・・・。)
詰夫はそんなことを考えながら溜め息を吐くと、一旦ソファーから立ちあがり冷蔵庫から缶ビールを取り出し、その場で缶を開けて一口飲んだ。
リモコンでテレビを点けて、詰夫はビール片手にまたソファーに座り直した。
テレビはニュース番組をやっていた。まだそこそこ若い女性アナウンサーがニュースを読み上げている。
「28日に〇〇県〇〇市で起きた女性会社員、隅田美代子さんが殺害された事件ですが、警察側は犯人に繋がる確実な証拠はまだ何も掴めておらず、捜査は難航する恐れがあるとコメントしています。それについて隅田さんのご家族は・・・・・・。」
詰夫はそこまで見たところでチャンネルを変えた。次のチャンネルではバラエティ番組をやっていて、毒舌で有名な芸人がタレントに毒を吐いていてスタジオは爆笑に包まれていた。
詰夫はクスリともせず、その番組をただ観ながらビールを飲み続けていた。
いつの頃からだろうか。今の会社に勤めて2年になるが、1年目を過ぎたあたりからいつも定時で終わるはずの仕事がなかなか終わらず、しかも上司から定時の数分前にいきなり仕事を回されるものだから、いつもの仕事を終えてから残業を夜遅くまでかけて終わらせるのが当たり前になってしまった。
来る日も来る日も、残業、残業。詰夫はそんな生活に飽き飽きしていた。仕事を辞めようかとも考えていた。
しかし、そう思っても仕事を辞めなかったのは彼女の存在があったからだ。
彼女とは詰夫に「お先に失礼します!」と声をかけた若い女性会社員・水村葵のことであった。
彼女は半年前に入社してきて、趣味の話ですぐに仲良くなり、数か月後には二人は恋人関係になっていた。
葵はいつも詰夫より早く仕事を終わらせて、自宅に帰宅している。
それでも詰夫がなかなか仕事が終わらないのを気にかけ、何度か詰夫にメールを送ってくれた。
詰夫はケータイを開いた。メールが一件、葵から来ており「今日も残業だったみたいだね。無理せず頑張って♪」と書かれていた。
(仕事はいやだけど、明日も頑張るしかないか・・・・・・。)
詰夫は葵から送られたメールを見て、苦笑した。そしてビールを一気に飲み干した。
すると途端に眠気が襲い、詰夫はソファーで眠ってしまった。
それからどれくらい時間が経ったのだろうか。気がつくとテレビは放送休止の時間帯になったのか、画面にはカラーバーが映し出されていた。
リビングの明かりは点けておいたはずだが、いつの間にか消えていた。
詰夫は時間を確認するために腕にはめている時計を見た。時間は午前3時。葵から送られたメールを確認した辺りから軽く2、3時間は経っていた。
(仕事で疲れて寝てしまったかな・・・・・・。)
毎日、残業、残業で体が疲れきってしまったのかもしれない。シャワーを浴びて少しスッキリしよう、と思って詰夫は体を起こそうとしたが何故か体が動かない。
(・・・・・・!?)
詰夫は困惑した。いくら体を動かそうとしても体が金縛りにあったように動かない。額に浮き出た脂汗が詰夫の首筋を伝った。
そのまま体が動かない状態のまま、数分が過ぎた。リビングには静けさだけが広がっていた。
しかし、しばらくして静けさを切り裂くようにそれは詰夫の前に姿を現した。
リビングのドアがいきなりバンと音を立てて開き、何かがリビングに入ってきた。
(泥棒か?)
詰夫は一瞬そう考えたが、どうもそうではないような気がした。
それは足音を立てず、スルリスルリと移動し、詰夫の前に立った。そしてしばらく詰夫をしばらく見つめたあとこう言った。
「・・・・・・お前、お前の色は黒か白か?」
「もう一度、尋ねるぞ。お前の色は黒か白か?」
そう言われても詰夫には質問の意味がよく分からなかった。自分の色とは一体何なのか?そもそもこの不気味な男は何なのか?しかし、考えるより先に恐怖心が詰夫を支配していてただただ詰夫は震えていた。
「何も答えなければ、二度と静かな夜は訪れないぞ。」
そう言われてもどう答えて良いか分からなかった。しかし、このまま何も答えないままだと何をされるか分からない。詰夫は声を振り絞って言った。
「し、白・・・・・・かな?」
「ほう、白か。本当にその答えでいいんだな?」
男は腰を曲げてぐいっと詰夫に顔を近づけてきた。そのときだった。その男の顔がはっきり見えたのは。
その男には顔が無かった。
目も鼻も口も無く、のっぺりとした顔。詰夫は自然に妖怪のっぺらぼうを頭に浮かべていた。
静けさを切り裂いて 捨てた夜に
現れた顔の無い男が 尋ねてくる
9mm Parabellum Bullet「Face to Faceless」より
つづく